NYダイアリー1
「恐るべき子ども」と呼ばれていたアレキサンダー・マックイーン。
子どもという、ある意味残酷さと狂気を持ち続けた希有な存在だった。
NYのメトロポリタン美術館で行われた回顧展[Savage Beauty]は、朝から長蛇の列。
ニューヨーカーなら絶対に並ばないはずの1時間半。閉展まで10日に迫り、噂に噂をよんだこともあり、今回は例外のようだ。
館内をうねる列に並んでいれば、イスラミックの陶器や、ロダンなどの近代彫刻の間にいるので、退屈するどころか古典美術と対峙するマックイーン展の期待がさらに高まった。
思い起こせば昨年の春。3ヶ月のロンドン滞在では、マックイーンも通ったセントマーチンズで短期のクラスを取ったが、その矢先に彼は突然の死を迎えた。私は空虚感を感じながらクラスルームに佇んだ。彼も学んだココにはもう魂はないのかと。

あれから1年経っていよいよマックイーンのコレクションをこの目で見られる!
正面には2体のコレクション。貝殻で制作したドレスと血の色をしたドレス。もちろん見たことがある。
マックイーンの作品のほとんどをくまなく調べていたので、本物を見たこの興奮。
そして冷たいコンクリートの部屋、古びた鏡の間、焦げた図書館、壊された板の部屋。会場構成も徹底されており、これまで見た、VIKTOR&ROLFやMARTIN MARGIELAのコンセプチュアルな美術展をも越えて、劇場的でストーリーが見える演出だった。
テーマごとに置かれた一点一点のディテールが、めまいを覚えるほどの超絶技巧で作り込まれている。
SHAUN LEANEの肌に食い込むジュエリーや、PHILIP TRACYのキテレツなヘッドピース。これらクリエイターもマックイーンと仕事をしたからこその創造性と斬新さを持っていたのではないだろうか。
またコレクションの映像も垂れ流しではなく、例えばケイト・モスのホログラム映像をミニチュア版で作り、しかもピーピングしながら見るという仕掛けまであった。
世界は視点を変えればこんなにも美しい。
何万もの羽だけで出来たドレスや、女性のトルソーを革でかたどったコルセット、馬のしっぽをなびかせたドレス。
ため息の出る創造性を見せられる度に、ファッションとはただの道具で、思い込んだ価値観や概念さえも覆せるものなのだ。
彼の死をも導いた愛する母と、彼が尊敬した女神たちのために、
彼は服という道具を使うことで、社会に反逆し、システムに抗い、醜いものを美しさへ昇華させた。
彼の腕にはタトゥーがある「目に見えるものではなく、心で感じるものを愛せよ」。マックイーンはそう体に刻み、それだけを信じて生き抜いた。
そう、展示の中は技巧や空間演出などだけではない、魂の彩りが満ちあふれていたんだ。だれも出来なかったクリエイションへの勇気、生死や美醜、残虐と崇高、様々な要素を服に込めて伝えたメッセージは、がつんと心を打った。
あの使い込まれたクラスルームには、何もなかったけれど、
マックイーンの魂は生き続けている。
そして多くの人々に愛と想像力を与え続けている。
美術館を出て、晴れ渡った夏のセントラルパークには、パワフルなニューヨークのエネルギーが満ちあふれ、私の目には少し眩しいぐらいだった。
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ここ半年、酸素バーナーで制作をしている。
一番最初に作ったのは、ガラスの心臓。始めたばかりで、こんな複雑なものを作るのはありえないらしいが、これは3ヶ月近くかかった。展示では映像を使おうと思っている。
そして、次に手がけたのは、ガラスの蝶ネクタイ。この夏のNY滞在で使おうかな。
3作品目は、ウランガラスで作った、DNA。もともと食器などで使用されていたウランガラス。現在は、希少品のため、世界でも制作されているのは数国のみ。日本では岡山で作られていて、材料は手に入らないが、いまいるスタジオの主宰の方から譲ってもらっている。ブラックライトをあてると、キミドリ色の蛍光色で光る。毒々しい色合いがこの作品のコンセプトにぴったり。
「ウランガラスでできた壊れたDNAが、合わせ鏡によって延々と続く」
そんな感じのコンセプト。
秋に展示会を予定しています。
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ヘアーメイクアップアーティストのKOSHINOことKOSSYが震災直前に天国へ行った。
2004年に僕が共同プロデュースした銀座「花蝶」でKOSSYと一緒に仕事をした。
山口小夜子さんをレストランのイメージモデルにお願いして、KOSSYとフォトグラファーの下村一喜こと、カズがその妖艶なSAYOKOを撮りおろしてくれた。
スタジオのメイクルームに籠り、いつまで待てど出てこない3人。
禊ぎでも行っているのかと思うほど神妙な時間を過ごして、3時間。
大音量でオペラが流され、3人がバンとドアを開け出てきた。
降臨したかのような、小夜子。アウラを放ち、女神か巫女のような存在。
フラッシュは勢いよく焚かれ、ヘアーとメイクは完璧なオリジナル性とブレのないコンセプトにクリエイションされていた。
あれから、小夜子さんは天国へ。その後を追うかのようにKOSSYも。
6月12日に花蝶でKOSSYのお別れ会をした。
故人を偲ぶように温かく、でも明るい人々が集まった。Crystal Kayさん、Leslie Keeさんらがスピーチし、泣き、笑い、彼のクリエイションを讃えていた。ほかに沢尻エリカさん、冨永愛さん、SHIHOさん、野宮真貴さん、知花くららさん、南野陽子さんらも来場していた。
KOSSYの真剣でピュアな姿勢を垣間みたことが、ぼくらへのDNAに入り込み、財産となっている。
SAYONARA KOSSY、また上で会いましょう。
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山に行ってきました。
街のど真ん中の。
インテリアスタイリストの作原文子さんが20人の写真家とコラボした企画展。「山の朝」をテーマにした写真と作原さんがイメージしたインスタレーションが展示されていた。
海の側で育ったので、なじみの無い山の風景なんだけれど、最近の疲れがふあっとトロけた。それはきっと店内に溢れる挽きたてのコーヒーの香りと、作原さんの自然体が、都会のまん中のオアシスみたいに僕の心を和ませたんだ。
「明日で終わりです(汗」という随分遅いお知らせだったけど、それも都会の流れじゃない「なんくるないさ」で計画的じゃないところが、彼女の良さ。
友人のイラストレーター、下田昌克さんの手ぬぐいを買って帰った。
「mountain morning INSTALATION by FUMIKO SAKUHARA」
2011.5.30 まで。
PACIFIC FURNTURE SURVICE
東京都渋谷区恵比寿南1-20-4
http://www.pfservice.co.jp/2011/05/mountain_saturday.php
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震災から、何も書けずあっという間に1ヶ月以上たってしまった。
あれからすぐに沖縄へ戻った。
多くのアーティストや友人が沖縄に避難してきていたので、
5〜6回ほどにわけて震災のこと、これからどう生きていくか真剣に語り合った。
ジャーナリストの野中ともよさんとは代替エネルギーのこと、クムフラのSandiiさんやシンガーのEPOさんらとは、自然に生かされていること、大塚寧々さん、田辺誠一さんご家族とは祈りについて。
地震と津波のことは、自然災害なので一刻も早く復興に力を注ぐ必要があるが、原発に限っては人災なので、今後も別物として考えていきたい。
まず、自分に何ができるか大きく問われた1ヶ月で、これからのモノ作り、表現の仕方も大きく変わるだろう。
それ以外は、自然のありがたさに感謝しながら過ごす。
こんなゆっくり過ごしたのは意外に初めてかもしれない。
震災のことは書き始めると、止まらなくなると思うので、
何かスタートし始めたら、記していく。
Ps ここ2〜3日の東京は満開のサクラ。青山霊園で、犬と一緒に散り際の桜吹雪を浴びました。
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知人が運営を手伝っている、GACKTさんの”SHOW YOUR HEART”
基金に振込をしました。一円でも多く、被災者へ届くことを願って。。
http://static.hangame.co.jp/hangame/extra/showyourheart/index.html
みなさんも、その場で出来ることをまずは行動してみてください!
One Response to 義援金を振り込みました
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お伊勢参り、初。
テレビの撮影だったので、普段入れないところも見学できた。
これ以上、撮影は入れない。聖域。
荒祭宮。ここで個人的なお願いをする。
昨晩の雪が残る屋根。伊勢では珍しい雪景色だそう。
先月、新しくしたばかりの鳥居。つるっつるで、正直、プラスチックに見えるほど。
肌触りは滑らか。
夕日に映える。
日暮れの鳥居。
清酒白鷹。唯一、この酒蔵の清酒が神宮におさめられる。
仕事中だが、一杯飲む。
麻吉旅館に泊まる。有形文化財なので風情はあるが、底冷えする寒さ。
レトロ。弥次さん喜多さんも、憧れていたという旅館。
昔は、今でいうギャラリーのように書画を販売したり、詩歌を詠んだりしていたらしい。
五大遊郭の古市にあり、200年ほどの歴史がある。
三重県伊勢市中之町109
0596-22-4101
赤福が有名な伊勢だが、こちらもオススメ。作りたてを味わう。
0596-23-3040
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ベルリンからやってきた演劇。実験的なのに、親しみやすく、温かい作品だった。
役者の実際の父親を出演させて、「リア王」からの引用で現代の父子問題を語る。
She She Pop “TESTAMENT”
シー・シー・ポップ「遺言/誓約」
2月19日(土)19:30開演
2月20日(日)18:00開演 アフタートーク
神奈川芸術劇場 中スタジオ
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KAAT<神奈川芸術劇場 >はデザイナーの佐藤卓さんに
依頼して、KAAT(カート)という呼び名とそのロゴデザインを制作してもらった。
写真のKAATは、「クッキーの型」をイメージしている。色んな素材が「クッキーの型」でくり抜いて出来上がるように、劇場という型で様々な舞台をくり抜いて、はみ出してほしい、という思いが込められている。
そこで、1月からオープンした最初のシーズンは「NIPPON文学」シリーズと銘打っているので、そのイメージの素材をKAATの型にオブジェとして展示した。
年に4回、変えていく予定。
KAAT ロゴデザイン 佐藤卓
ディスプレイ by WM
お陰で、しばらく手も足もスパークリングだった☆
シアワセ〜。
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「金閣寺を燃やす」という、本当にあった事件を元に描かれた、
三島由紀夫の原作「金閣寺」の舞台化(宮本亜門演出)を観劇した。
長編小説であり、戯曲ではないこの難作を、煌めく文体を残しながら、
ムーブメントや見立て、音楽と映像で完成させている。
戦後の文学作品の金字塔と呼ばれるこの作品はKAAT<神奈川芸術劇場>の
こけら落としとして、新しい切り口で2011年版の「金閣寺」に仕上がっていた。
<!注意!以下、あらすじとネタバレあり
観劇する方、読まないでください。>
溝口の内面世界で表現された視覚と音楽。
ステージには、教室や会議室を思わせる部屋。
ロッカーや黒板、イスにテーブルというとてもシンプルなもの。
それらセットが、階段やドア、丘や小道に見立てられる。
映像も出るが抽象的なので、あくまで鑑賞者に想像力がゆだねられ、
頭のなかで情景を作る必要がある。
森田剛演じる主役の溝口は、生まれが貧しく、
吃音で上手く声が出たためしがない。
生きることに苛まれ、父の死後、金閣寺へ徒弟に出される。
美の観念に追いつめられ、最後には「金閣寺を焼かなければならぬ」と金閣に火を放つ。
森田剛が非常にこの役にハマっており、彼が背負っている
V6という看板は簡単に掻き消されるほど。森田は役者として
内面に抱える様々な感情を抑えつつ、繊細に表現し、
息の詰まるラストに向けて見事に演じていた。
最後のシーンときたら、1000人の観客の時間を止めてしまったようだった。
同じ徒弟である鶴川役の大東俊介は、太陽や光を象徴するような役柄だが、
自殺を遂げるという意外に暗い面を持つ。溝口が初めて話せる親友。
原作には無い部分を膨らませている分、キャラクターをつかむのは
容易ではなかったはずだが、大東は大舞台でもその爽やかさと
センシティブさの両面を表現していた。
柏木という内翻足の男は、高岡蒼甫。溝口と同じく、障がいを持つが
それを自分の武器に変え利用していく強さを持つ。それに溝口は惹かれるのだが、
性格としては真逆にあり、また思想も全く違う。
女をたぶらかし、だますような男だが、
尺八や生け花をする美的感覚をも持ち合わせる。
高岡蒼甫にこれまたぴったりで、ねじ曲がった性格と粗雑さ、
頭の回転の速さと色気が2階席で観ても伝わってきた。
この三人、ボーイズラブ的な三角関係を持っている。
10代にありがちな、悩みと言えばそれまでだが、
男には少なからず同性への憧れ、嫉妬、じゃれあいなどの経験がある。
それらを現代の我々にも上手く伝えられるよう、原作とは違う
エッセンスで加味されている。原作の三島由紀夫がそのような性癖だった
ことで、この台本にも反映されているのだろう。
金閣を象徴する男に、ホーメイ歌手の山川冬樹を起用。
両性具有的な存在だが、発生する声は骨から響き、
低音は美しも恐ろしい。
ネタバレで申し訳ないが、最初に原作を読み上げる出演者たちがおり、少しずつ物語に
導入されていく。そして最後は、観客側へ金閣を燃やした溝口がこぼす
「生きよう」というメッセージを全員が受け取るようなフレームが作られていた。
観るものと演じるものという境界を越え、観るもの一人一人に
この「生きよう」というメッセージを届け考えさせられる。
金閣という概念(天皇、神、父性、母性とも解釈される)に
押しつぶされた主人公が、ついにそれを燃やす。
そして生きていく先にあるものは?何なのであろうか。
<一幕>
森田剛演じる主人公溝口は、「どもり」であり、「金閣寺」という
概念に押しつぶされる、鹿苑寺の坊主。
吃音によって、人と交流することが阻まれ、生きることや概念に疑問を持ち、
大きな闇を抱えている。
「この世で最も美しいものは金閣だ」という父の教えを受け
頭の中で作り上げた美に溺れていた溝口。現物を見たときの
落胆と失望「美とはこんなにも美しくないものだろうか」と、
なにを信じて生きていけば良いのかさえわからなくなる。
鶴川(大東俊介)という同じ寺の徒弟は、自分のどもりをからかう
どころか受け入れてくれる初めての存在があらわれる。
太陽や光をイメージする鶴川という存在にボーイズラブ的な感情を持ち始め、
輝かしい夏を過ごす。
「帝都空襲不可避」という新聞記事を見て、「ついに金閣と私がともに
焼け落ち、滅びる」という美しい死の幻想を抱くが、日本は敗戦を迎え、
溝口の夢想は叶わない。
米兵と娼婦とのいざこざにより、道詮和尚から無言の拷問を受ける。
このできごとで鶴川ともぎくしゃくし始める。
大学へ進み、出逢った柏木(高岡蒼甫)という内翻足の男。
「君は自分を大事にしすぎている。だから自分と一緒に、自分の吃りも
大事にしすぎているんだ。吃れ、吃れ」と、コンプレックスを逆手にとり、
悪の道具に使う男、柏木に徐々に惹かれていく溝口。
トラック事故で死んでしまった鶴川への哀しみに、孤独の闇がさらに
深いところまで沈む溝口。
<二幕>
鶴川の死から一年、孤独を募らせる溝口。
学校もさぼりがちになり、柏木と仲良くなるも、金閣寺の幻影に邪魔をされ、
女性関係など上手くいかず、さらに生きづらくなっていく。
柏木とも疎遠になり、旅に出る。これまでのことが
走馬灯のように蘇り、故郷の日本海で父の棺が燃え盛る幻想を見る。
「金閣を焼かなければならない」と決意新たに
寺へ帰る。柏木が実は鶴川と仲が良かったと聞かされ、
しかも手紙までやり取りしていることを初めて知る。
溝口以上に関係を持っていた柏木。手紙によると鶴川は
トラック事故ではなく、恋愛に悩んでの自殺だということを知る。
「認識でしか世界は変えられないんだ」と迫る柏木に、
吹っ切れた溝口は「行為でしか物事は変えられない」とさらに
意思を固める。
達観したような禅海和尚に「お前の面に全てあらわれている」と
アドバイスされたのを受けて、金閣へ火を放つ。
原作/三島由紀夫 原作翻案/セルジュ・ラモット 台本/伊藤ちひろ
演出/宮本亜門
出演/森田剛、高岡蒼甫、大東俊介、中越典子、高橋長英、岡本麗、花王おさむ、大駱駝艦〈田村一行、湯山大一郎、若羽幸平、橋本まつり、小田直哉、加藤貴宏〉、岡田あがさ、三輪ひとみ、山川冬樹、瑳川哲朗
KAAT <神奈川芸術劇場>
2011.1.29〜2.14































































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情報まで。